倭姫命 伝説 ― 2026年01月10日 20:55

倭姫伝説

写真でははっきりしない 絵で描かれた伝説は、
ネットによりますと……あくまで 伝説です。

 倭姫命の巡幸に関する伝承では、宮川の流れの速さに
困惑した倭姫命を、真名胡神(まなこのかみ)が助け、
この地を「大河の瀧原の国」と紹介したとされています。

 この真名胡神を祀る多岐原神社は、瀧原宮から
約6キロメートル離れた場所に位置し、倭姫命の感謝の
気持ちを表すように建立されたと伝えられています。

 瀧原宮の創建時期は定かではありませんが、
古くは「磯宮」と呼ばれていた可能性も指摘されています。

 また、瀧原宮のご祭神について、神宮では
天照坐皇大御神御魂とされていますが、
『倭姫命世記』には速秋津日子神(はやあきつひこのかみ)
と速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)
と記されている点も謎の一つです。これは、
天照大神の兄姉にあたる神々であり、
その解釈については諸説あります。

熊野古道三瀬谷コース ― 2026年01月10日 21:39

三瀬谷コース

年の初めの山行きは、熊野古道のJR三瀬谷から
阿曽までのコースを歩きました。

一日違いの 好天気で、風もなく穏やかな天気の中を
歩くことができました。

2トン以上は、通れない 旧舟木橋からスタートして
多岐原神社、三瀬の渡し場跡で昼食。

九十九折り(つづらおり)の坂道を登ると
三瀬坂峠 約260m 茶屋跡 行き倒れ供養塔
永命フジづる がありました。

坂を下ると 伊勢神宮内宮の別宮の 広大な
滝原宮 に着きます。樹齢1000年近い?ほどの
大木の杉林が 続きます。

時間と体力を考慮して、阿曽駅までは、やめて、
滝原駅から JRに乗ることにしました。

キツツキ館という 道の駅風の店で 大内山牛乳の
バニラアイスを400円で食べて 帰りました。

10:50~15:40 所領時間 4時間50分 11.1km 2万2000歩 
標高 60mから260m のウォーキングでした。

雪が積もりました。 ― 2026年01月22日 10:53

積雪

日本に寒波が襲来しました。

10cm ほど 積もりました。

早く融けそうな雪です。

丸山城 ― 2026年01月31日 23:20

丸山城縄張り図

丸山城縄張り図です。
丸山城は、伊賀鉄道の丸山駅から歩いて20分
の所にあります。

この城は、1579年ごろ 信長の三男の 織田信雄が
伊賀の国を のっとるために 滝川三郎兵衛に命じて
勝手に 丸山に 築城を命じて 完成する予定の頃
地元の土豪は、危機感を覚えて この丸山城を攻撃した。

これに激怒した 織田信雄は、親の信長の命令で、
伊勢の国司である 北畠一族を 滅ぼしてしまい、
伊勢は、信長が支配する国になった。

丸山城は、伊勢の国にありながら、最初から 織田の城であったようだ。

後、羽柴秀吉の命令で、この城は、廃城となったようです。

伊賀上野探検 丸山城 芭蕉 ― 2026年01月31日 23:58

伊賀上野

伊賀の 丸山城を探検しました。

その後、伊賀鉄道の上野市駅まで行って
そこで、元藩校の崇広堂(すうこうどう)
を見学しました。もと藩校が残っているのは
三重近辺では、ここだけだそうです。

けっこう広く 国の史跡になっています。

朱子学を教えていたそうです。

武道場、講堂、寄宿舎などがありました。

芭蕉翁記念館では、少ないですが、貴重な
資料を見ることができました。

伊賀上野城は、昭和10年?頃再建されたそうです。
石垣が立派です。

芭蕉翁が 藤堂家に 花見に招かれた時の句、

「 さまざまの 事思い出す 桜かな 」

この句碑があるところは、桜色の小石が
敷き詰められています。
 「 さまざま園 」と よばれるようになったそうです。

伊賀は すばらしい観光地になった気がしますが、
土曜日なのに、人出が少ない感じでしたが、
天候が 寒すぎたからかもしれません。